カテゴリー「経済・政治・国際」の24件の記事

2013年4月30日 (火)

肥料はどこからくるのか? その2

いちおう前回の続きです。

いまの日本の肥料の半分以上は石油からつくられているらしいです。

資源循環という意味では、昔は家畜のみならずホモサピエンスのものも直接的に再利用されていました。遅くとも江戸時代にはそれを集める専門の職業が存在していたし、昭和30年代くらいまでは鉄道で輸送していたところもあったらしいです。

いまは下水道などから抽出する技術もいろいろ出てきているという話を前回書いていたわけですが、前回書いたプロジェクトがどうなったかまでは確認していませんが、関東地方では思わぬところからストップがかかってしまっています。

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2012年6月24日 (日)

もうちょい

とりあえず生きてます。まるっきり、前向きな情報を載せられなくてどうしよううもないですね…

微々たることかもしれませんが、「いらないものはいらない」と言うことは重要だと思います。

つい最近知ったのは「オオマサガス」という水から作れるエネルギー。水素よりも安全に保管・運搬できて、一部の用途では既に実用化されているとのこと。

電気料金10%値上げ? そうなれば少しでも節電が進みますね、ならば、原発はなくても足りることになります。

結局のところ、人々の意識を動かす力になるのは事実だと思います。

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2011年7月14日 (木)

否定の連鎖

昨今の総理大臣の、原発はなくす方向でといった記者会見に対して、延命しか考えていないとか、再生可能エネルギー買い取り法案について、エネルギー政策の全体像を考えたものでないとか批判が展開されている。

確かにもう、化けの皮ははがれてしまっているが、菅さんを支持しないイコール菅さんの言ったこと「すべて」を支持しない、という論法は、どうだろうか。

批判の矛先が見つかったことを利用して、そこを攻撃することで原発の維持促進をもくろんでいるとすれば論外だが、批判するが故に内容にかかわらず批判してしまっているのであれば悲劇である。

その間に、九州電力のまわりではちょうど逆のことが起こったともいえる。一部の原発の運転再開を支持すべき事由があったとしても全て否定せざるを得なくなった。

数年前にさかのぼれば、温暖化の「象徴」としてCO2が挙げられ、「CO2を出さない」という点が原発推進の理由とされた。当時から漠然とした違和感があったが、放射線による汚染は人間やその他動植物の生存自体を脅かす。温暖化の影響も大きいが、そのレベルではなかった。

ものごとの否定においては、それが理屈の通った範囲であるかどうか、きちんと見極める必要があるということだろう。

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2011年1月11日 (火)

肥料はどこからくるのか?

食料自給は重要なことですが、実はひそかに疑問に思っていました。

先日、新聞記事にて、東京都が下水汚泥からリンを回収するプロジェクトに乗り出すというものがありました。

その中で、リン・窒素・カリウムが肥料の三要素といわれているが、リン(リン鉱石)については100%輸入に依存しているとの旨も書かれていました。

一部、家畜などからの有機肥料があるとしても、やはりほとんどの部分を輸入に頼っているということですね。

岐阜市が既に実用化ずみだが、東京都が下水汚泥から抽出可能なリン成分(リン酸カルシウム)は2009年度に輸入したリン鉱石の6%に相当するとのこと。

ということは、これが全国に広がれば、輸入量をかなり減らせるということになりますね。

ただし、抽出のための薬品やエネルギーなど、別に必要な資源も出てくるでしょうが。

続きはこちら→肥料はどこからくるのか? その2

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2010年4月11日 (日)

ドラッガーブームは結構だが、、

本当は先月くらいに書きたかったのだが、ドラッガーブームだそうで。というよりは、女子高生の絵が表紙にある本が話題になっただけで終わった感もなきにしもあらず。

自分自身、だいぶ前「テクノロジストの条件 ものづくりが文明をつくる」を1回読んだだけなのだが、ドラッガーの肝の1つは、利益追求第一ではなく知恵を出して働ける人間に価値があること、そのために待遇面を含めて大事にすべきであるということだと私は理解しています。

ブームは結構なのだが、その中でドラッガーの思想を“実践”しようとしている人は果たして一体どれくらいいるだろうか?。

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2010年2月 9日 (火)

プリウスのブレーキ問題について

報道の内容を聞いている限りではあるのですが、現象内容を聞いていると、今日リコールされた部分とは別の問題がもう1つくらい隠れていそうな気がしないでもないです・・・。

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2009年8月26日 (水)

ニュース番組にイライラ

じつは1年くらい前から感じていたのですが、TVのニュース番組を見てるとイライラしてくることが多いんですよね。

それとこれとは関係無いだろう、とか。一時期はなんでもかんでもヘッジファンドと温暖化と霞ヶ関に結び付けていたし。
批判することが半分仕事とはいえ、なんでもかんでも批判して、その結果話が矛盾してたりするだろう。とか。
なんでもかんでも政治(家)に解決策を求めるというのもどうなのか、万能スーパーマンではないだろう(年金や介護保険の問題は政治自身で作った制度なので除く)。とか。
もっとも、実際は完全にずれているのに自分の方策が正しいと思い込んでる人もいるようなのでそれはそれで困った話なのだが。

・・・などともやもやしていたが、自分自身も解決策がぱっと思いつくわけでもなく。それで更にイライラしてたりする。

以上、供託金も出せない貧乏人の遠吠えでした。orz

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2009年7月21日 (火)

「マネー資本主義」:懲りない人間

昨日を含めて何回かNHKで特集した番組について。名付け親はNHKなのかどうか知らないが、「マネー」と「資本」の言葉の意味がかぶるので何となく違和感を感じるが、それは措いておくとして・・・

金融工学、そもそもの前提に問題があるのではないか?

一企業や個人がローンを返せない確率を一律にたとえば5%と考えているが、実際には揺れがある。サイコロの目が同じものがたくさん出る確率は、母数が増えるとゼロに近づくが、揺れがある場合はそんなに一気にゼロに近づかないのではないか?

「すべての企業が破綻する可能性」はゼロだといっていたが、本当にそうか? 今の経済状況から考えれば、そうとは言い切れないのではないか?

これらの前提からリスクの確率を計算したときに、ある程度以上は限りなくゼロに近づくという図になるとのことであるが、これらの前提が違えば、そこまでクリアに、ゼロに近づく点が有ると言えない可能性がないか?

また、サイコロに例えるのは、それぞれの事象の間に関連性が無いことが前提であるが、現実には複雑にからみあっている。それがあまりに複雑すぎるからこそ、逆に関連性が無いと仮定しても計算上は近い結果になるのだが、事象の発生確率(ローンを返せない確率)が大きくなってくると、関連性を無視できなくなる。(たとえば、連鎖倒産など)

そんなことを言っていたら確率を計算できない、のかもしれないが、そもそもその数学モデルが現実に合わないのであれば意味が無い。

CDSなどの金融商品が利益を生む源泉は、所詮は他人の借金返済時の利息である。
そもそも、ひとが借金を問題なく返済できる額は有限であるから、際限なく利息が支払われる=利益を生むということは有り得ない。すべての企業が破綻する以上に有り得ない!
過去の金融工学の計算には、その限界についての考慮が無いように思えるがどうだろう?。

サブプライムローンに関しては住宅価格が過去30年くらい上がり続けていたから、それが見えにくくなっていたということもあるかもしれない。しかし、寿命・買い替えサイクルが長い住宅という商品特性から考えると、30年というのはさほど長い期間ではなかったと言えるかもしれない。

唐突に、資本主義か社会主義か?なんていう二者択一論が出たりするが、今回の金融工学の失敗がそこまでイデオロギー的に白黒を付けるほど大きかったとも思わない。
社会主義では人間の欲望の存在自体を無視したがために、人々の生活が困窮するくらいまで経済が落ち込んでしまうことは歴史が証明している。
サブプライムショックは、人間の欲望に対して制限をかけなかったらコケたというだけの話である。

また、リスク分散することによって、その発生確率は低くなるのかもしれないが、リスク=自分が損をすることがある、元本がすべて無くなることもある、ということを真に理解していなかったのではないか。その点においては文句の言える筋合いではない。

ちなみにFXでちょっと利益が出たと思っていたら、すぐに保証金がなくなるくらい損をしたという話もあるが、それこそ自己責任の話である。FX自体は、他人の金を借りて為替取引しているようなもの。
会社自身がFX取引に手を出して潰れて被害が及んだとかいうのは更に別次元の話である。
一方、格付け会社の人間が、格付けはあくまで過去の実績に基づくものであり未来を予測するものではないと言う。
事実として間違いではない。が、同時に強弁でもある。
格付けはこれから買う商品に対して参考にされるからである。
格付け会社や金融工学を開発した人たちは、果たして本当にリスクに気づかなかったのだろうか。あるいは意図的に分散隠蔽したのか。実際どうか分からないし、個々の企業や個人がどうだったかいちいち問い詰めたいとも思わないが、どちらにしろ、あなた方、自分たちは真のプロと言えるのか?とだけは問うておきたい。

サブプライムショックは実物経済にも影響を与えてしまったわけだが、裏を返せば、それまでのアメリカの好調な消費は、住宅ローンや住宅担保などの借金に依存していた。要するに消費バブルだった。

だからアメリカの消費水準が、1年とか数年とかでサブプライムショック前の水準にまで戻るといったことは期待しないほうがよい。現状ベースで立ち直ることを考えなければならない。景気回復を政治に求める声もあるが、少なくとも、無い需要を無理やり喚起するようなことは期待すべきでないと思う。

公共への貢献と称して、大地震など自然災害に対するファンドに注力しようとしている人もいるようだが、結局は同じ穴のムジナのような気がする。利益の源泉は、誰か他人が払うお金(保険など)である。災害をヘッジしたいと思う企業やら裕福?な人がいたとしても、その資産の何%もかけて保険金を払い続けるか?おのずと限界があると思う。また、災害の発生確率の特性も、経済活動のそれとはまた違うものがあるかもしれない。

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2009年4月19日 (日)

あえて反論、東京都下水道局のワッペン問題

報道やネットでの意見を見ていると、ワッペンの作り直しによる無駄遣いは許せないとか、あるいは内規で使えないのを見越して裏で業者と癒着しているのではといった憶測が流れているが、後者のほうはともかくとしても前者の意見に対して、あえて反論を書いてみたい。税金の無駄遣いは無いほうがよいのは当然の前提で、である。

ロゴに線を入れてはならないといった内規は、大企業ではCIの観点からむしろ有って・守って当たり前である。つまり、最終的に内規を守る形で作り直したこと自体は、本来は、問題ではない。まずは、製造する前になぜ修正できなかったのかについて、組織のシステム上に問題がなかったかどうかを検証すべきだろう。

波線1本くらいいいじゃないか、という意見もあるが、たとえば、もし波線の色が黒や茶色だったら、どう判断するだろうか? また、例外を認めると、内規を守らない物を確信犯的に先に作ってしまう悪弊が出てくるかもしれない。

今回の場合は、たまたま、許容範囲だったかもしれない。しかし、内規に反するが今回はめをつぶってよと気をきかせて関係部署と自主的に調整するようなことが行えなかったからといって、少なくとも局長は最終的には規則に違反しているわけではないのだ。いきなり個人に罰則を与えるというのは、ちょっと変では?、と思いませんか?。

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2009年1月10日 (土)

「ワークシェアリング的な働き方」の危険

トヨタ幹部の発言、これはうがった見方をすれば、会社側が自由に決めた生産計画にあわせて、生産量を減らしたときに賃金をカットしようとしているように見える。

つまり、雇用という形で拘束しておきながら、生産量がないときはそれを理由に賃金を払わないという形態をもくろんでいるように見える。これでは給料の額が非常に不安定になってしまう。

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